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来たバスに乗る。来たバスが人生を変えるバスかもしれない。

偏差値よりも、圧倒的に変化値!。生徒とともに成長し、生徒と共に変化する星槎の先生がつづる「教師列伝」をお送りします。今回は星槎国際湘南 アーチェリー部監督のコラムです。

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星槎スポーツ新聞 Vol.31
星槎国際湘南 アーチェリー部
監督 茂田 佳裕
「多くの失敗があったからこそ今がある」

たまたまの友人の誘い

「何か運動を始めないとな~」
中学3年の冬。何気なく発したこの言葉が、私がアーチェリーの世界に飛び込むことになったきっかけである。当時私は、中高一貫の学校に通っており、高校からは何か部活をやりたいと思っていた。そんな時この何気ない一言を隣でたまたま聞いていたのが、当時アーチェリー部に所属していた友人だった。そんな友人に誘われ、アーチェリー部に入った。今思えばこの何気ない言葉が無かったら、アーチェリーに出会うことはなかっただろう。

当時、私の入部した高校のアーチェリー部はいわゆる名門で、県内では数十年負けなし。全国屈指の強豪校であった。全国のレギュラーの枠は50人中4人。私もどうせやるなら2年生で全国大会を狙いたいと思い、1年生の時は誰よりも多く練習することを目標に取り組んだ。中々結果が出ず苦しんだ時期もあったが着々と力を付けていった。そして5月の全国大会予選。ここで校内上位4人に入れば全国の切符が掴める。

チームの勝利のために

当然今までにはないプレッシャーがあった。それでも試合をやり切り、校内でも4位につけることができた。「これで全国大会に行ける!」と思ったが、結果私は全国には行けなかった。メンバー発表前、監督から「まだまだ経験が浅い。だからAさんと変わってくれないか?」と言われた。Aさんというのは部活の絶対的エース。チームとしては欠かせない選手である。しかし、この時は調子を落としており、校内5位だった。私も色々と悩 んだが、チームの目標は 全国制覇である。その目 標を達成するためにはA さんは必要不可欠。チー ムのために私は、全国優 勝の夢をAさんに託し た。その後は、スランプ に陥り結果を残せないま ま部活を引退した。 

アーチェリーを諦めないために

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アーチェリーをあきら めきれない気持ちがあり、 大学はアーチェリー部の ある場所と決めていた。そ んな時、部が新たに新設 される学校があることを 知り、監督もアーチェリー界では有名な監督が就任することが決まっていた。また0からチャレンジしたいと思い、進学した。大学時代は高校時代と打って変わり、チームの主力として、多くのタイトルを獲得し全国大会にも出場することができ、目標も達成することができた。

そんな経験を得て、今はご縁があり、この星槎でアーチェリーの監督をしている。私のアーチェリー人生は失敗した経験がほとんどである。でもその失敗があったからこそ、今がある。私の成しえることのできなかった日本一の夢を託し、選手たちを全力でサポートしていく。

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